<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>suzuki-e-works blog</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/" /><modified>2012-02-02T14:35:23+09:00</modified><tagline /><generator url="http://jugem.jp/">JUGEM</generator><entry><title>ツーリングで伊豆へ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017661" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017661</id><issued>2012-02-02T11:56:00+09:00</issued><modified>2012-02-02T04:10:37Z</modified><created>2012-02-02T02:56:00Z</created><summary>久しぶりに山へ行ってきました。山といっても峠ですが、自転車専用ともいえる（５万分の１の地図で点線の）道もあり、しかしそういった細い道でさえ今は舗装されていて、ダウンヒルの場合は一気に下れるのでありがたいのですが、ふだん車が通っていないのになぜと感じるこ...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[久しぶりに山へ行ってきました。山といっても峠ですが、自転車専用ともいえる（５万分の１の地図で点線の）道もあり、しかしそういった細い道でさえ今は舗装されていて、ダウンヒルの場合は一気に下れるのでありがたいのですが、ふだん車が通っていないのになぜと感じることもあります。英語で峠を訳すと、passやgapでどちらかというと山道を指し、turning pointという言葉もありますが、今ひとつかなという感じです。この峠という漢字は、「山道の上と下の分岐点」を適確に表現していて、今さらなるほどなと思ってしまいます。<br>話が横にそれてしまいましたが、ツーリング（クラブラン）に参加してきました。僕が（辛うじて）所属している自転車のクラブがあり、入って30年以上になりますが、その当時から走りまだ現役のサイクリストが僕も含めて５名います。今回は４名で伊豆へ先週末に行ってきました。この時期の伊豆は晴れていれば暖かいのですが、今年は寒く、西浦から真城（さなぎ）峠へ行く途中では雪（霰）が降ってきたり、翌日の戸田（へだ）峠は雪が積もっていて、昼飯の場所を探すのに少し難儀したくらいです。ただ、天気はよく風がなかったのがよかったかなと。<br>しかし、今年の冬は寒波の影響で冷え込みが厳しく、伊豆でもジッとしていると寒く、もっていったダウンやウインドブレーカーなどを全部着込んでも寒い状態でした。２日目、戸田から船に乗って沼津へ行く予定でしたが、船が（ドック入りで）運休とのことで急遽戸田峠を越えて、修善寺へコース変更するなってしまいました。海抜０mから720mまで自転車を漕いで上がるのは厳しく、気温は０度近くても気持ちのいい汗をかくことができました。<br>最近は、また自転車ブームでみなさんロードで軽装でガンガン走っておらますが、僕らのように山へ行くかっこう（防寒具やコンロ、昼飯の食料など）で、峠を目指すのものんびりした気分が味わえお薦めします。しかし、途中で会った高校生はロードの高級車（30万円）に乗っていたけれど、今のロードタイプの自転車は僕らの自転車（ツーリング車）とはまったく異なり、説明を聞いて感心してしまいました。クラシック自転車でも、途中壊れても直し直し乗れば、まだ十分走れます。山（峠）へ行くぞ、と思って準備をするのは、多分“釣りをやる人たち”と一緒で楽しいと思いますが、けっこう輪行は荷物も多く大変で、またしばらくやらないと忘れていることも多く、僕より年上で現役のサイクリストは凄いなとあらためて思いました。ただ、山から帰ってくると自分の細胞が入れ替わった（再生？）ような感覚があり、イライラが解消されて若干ですが若返ったような気分になります。錯覚でも、しばらくは元気でいられそうです。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>民主主義を考える２</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017660" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017660</id><issued>2012-02-01T11:19:00+09:00</issued><modified>2012-02-01T03:22:35Z</modified><created>2012-02-01T02:19:00Z</created><summary>戦後の日本の民主主義教育は格差をなくし、みんなが平等だという考えを国民に植え付けたが、現実の世界では格差が広がり、みんなが平等ではないことを知りはじめた。そして、学生運動が下火になった
70年代以降は（今の韓国のように）若い人たちの関心が政治に向かないよ...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[戦後の日本の民主主義教育は格差をなくし、みんなが平等だという考えを国民に植え付けたが、現実の世界では格差が広がり、みんなが平等ではないことを知りはじめた。そして、学生運動が下火になった
70年代以降は（今の韓国のように）若い人たちの関心が政治に向かないような仕掛けをつくったようにも思える。<br>日本の民主主義教育の弊害は、「個」を育てられなかったことではないだろうか。そのため、何か問題が起こると、常に関係性の中で自分の立ち位置を決め、自己責任を回避して（自分も含め、多くの人々は問題解決のために自分が何をするべきかと考える前に）受け身に回り、政治家を批判しながらも彼らだけにその判断を任せてきた。国民としての意思表示は、イエスかノーか、二者択一での意思表示だけだった（それは学生の試験問題も同じで、国民が深く思考しないように操作されてきたのかも…）。<br>イタリアの政治哲学者、アントニオ・ネグリは「何十万人もの“自分たち”で動き、決める時が来た」といっていた。敗戦国は勝利国が引いたレールの上を走らされてきたわけだが、そのためか国民が首相を直接選ぶことができない国（政治に直接参加できない国）になってしまった。国民一人ひとり
が「民主主義とは何か」、また「新しい民主主義が本当にあるのか」といったことを考える（考えられる）国にしないと、ゲーム産業だけが発達した（自己満足だけの）愚かな国になるのではないだろうか。そう、「仮想現実」の世界で戯れ、脳を刺激し続けるゲームこそが、若い人たちの関心を政治に向かわせないようにするための仕掛けなのかもしれない。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

<br>]]></content></entry><entry><title>恩師に乾杯。</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017658" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017658</id><issued>2012-01-23T16:32:00+09:00</issued><modified>2012-01-23T08:40:04Z</modified><created>2012-01-23T07:32:00Z</created><summary>サントリー オールドのCM、1977〜1996をYouTubeで見た。僕が捜していた羊飼いの青年が登場するCMがあった。それ以前、大学の図書館でADC年鑑などを調べたが見つからなかった。なぜ、今ごろ、そんな古いCMが気になりだしたかというと、僕は大学４年時、建築家の竹山実さん...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[サントリー オールドのCM、1977〜1996をYouTubeで見た。僕が捜していた羊飼いの青年が登場するCMがあった。それ以前、大学の図書館でADC年鑑などを調べたが見つからなかった。なぜ、今ごろ、そんな古いCMが気になりだしたかというと、僕は大学４年時、建築家の竹山実さんのゼミに在籍していた。そのとき自分が興味あるテーマを出し合い、みんなでディスカッションをする授業があった。僕は、その頃サントリーのCMに惹かれ、そのCMをテーマとして提出した。1979年に放映されていたものだと思うが、羊飼いの青年が羊を引き連れて野原を歩き回っているシーンがあり、（今も状況としてはあまり変わっていないと思うが、その当時の日本人の生活と比べて）「どっちが人間らしいのか、どっちが豊かなのか判らなくなった。」というナレーションが入る。建築とはあまり関係ないテーマに呆れて、竹山さんには取り上げてもらえないかもしれないという不安もあった。ところが、竹山さんはCMであっても建築と同等に取り上げ、ディスカッションのテーマとして扱ってくれた。嬉しかった。それがきっかけかもしれないが、卒業時に竹山さんに編集の仕事を紹介していただき、今日に至っている。そのCMの最後は、「素朴で飾ることを知らない青年。こうして、グラスを傾けると、妙に彼が懐かしい。あいつに乾杯。」で終わる。僕は、今見ても楽しめ、30年以上経っても古びないサントリーCMと僕の恩師に感謝を込めて乾杯。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

<br>]]></content></entry><entry><title>民主主義を考える</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017657" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017657</id><issued>2012-01-04T08:40:00+09:00</issued><modified>2012-01-04T08:17:39Z</modified><created>2012-01-03T23:40:00Z</created><summary>学生時代、いしいひさいちの「バイトくん」というマンガを読んで笑ったが、なかには自分と近すぎて笑えないギャグもあった。それは、ある日友人の下宿を訪ね、部屋がわからず、押し入れのような部屋を開けると、（通常は上下の棚に人が寝ていることがよくあるが、さらに棚...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[学生時代、いしいひさいちの「バイトくん」というマンガを読んで笑ったが、なかには自分と近すぎて笑えないギャグもあった。それは、ある日友人の下宿を訪ね、部屋がわからず、押し入れのような部屋を開けると、（通常は上下の棚に人が寝ていることがよくあるが、さらに棚を２段増やし）４人がそこで寝ている（生活している）というものだ。あの時代（70年代）を振り返るとみんながまだ貧しかったように思う。そして、1969年の東大安田講堂占拠に象徴される学生運動、僕らはあの時代の左翼思想にどこかで引っぱられていたように思う。僕とほぼ同世代の島田雅彦さんは80年代に『優しいサヨクのための嬉遊曲』という小説を書き、その時代の空気を表現していた。<br>朝日新聞は、社説で「カオスの深淵〜壊れる民主主義」を始めたが、戦後の民主主義教育は個（個人）が考えて行動する民主主義ではなく、上からの押しつけられたような民主主義であって、（いまだ成熟していないが）国民一人ひとりがまだ学習段階であったように思う。菅直人さんが、首相のときに唱えたスローガンの「最小不幸社会構築」は、僕には左翼的なマイナス思考のように思える。たしかに、<span class="fix-domain" title="2011年11月付、この記述には信頼できる情報源の提示が求められています。">菅さんは市川房枝さんの「参加民主主義をめざす市民の会」</span>から出発し、社会民主主義へと至った経緯はわかる。また、それは正義であることもわかる。ただ、それだけでは、経済は上向かない。アメリカを目指し、ただガムシャラに走ってきた時代のバイタリティーをもう一度取り戻すために、「資本主義とは何か、民主主義とは何か」ということと、（もっとやる気が出て、国民一人ひとりが生き甲斐が感じられる）民主主義がもっと有効に働く仕組みを考えなければいけない時代に来ているのではないだろうか。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>年末の大掃除</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017655" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017655</id><issued>2011-12-30T15:59:00+09:00</issued><modified>2012-01-04T02:54:17Z</modified><created>2011-12-30T06:59:00Z</created><summary>いつも年末の大掃除は、その月の最後の週末にバタバタとやるのだが、今年はクリスマスと重なり週末が使えず、最後の週に何回か（３日間）にわけて掃除をした。「荻窪の家」は、来年で築８年目を迎える。早いものである。うちはカーテンはなく、銀色のアルミ製のブラインド...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[いつも年末の大掃除は、その月の最後の週末にバタバタとやるのだが、今年はクリスマスと重なり週末が使えず、最後の週に何回か（３日間）にわけて掃除をした。「荻窪の家」は、来年で築８年目を迎える。早いものである。うちはカーテンはなく、銀色のアルミ製のブラインドが各窓に取り付けられていて、そこに埃がたまり黒づんでいるところもあった。そこで、その羽を掃除するためのグッズ（表面に毛が生えたような手袋）を買ってきて一枚一枚指で挟むように拭くのだが、これがかなりやっかいで根気がいる仕事だった。その後、窓ガラスを拭いた。普段やらないせいか、かなりの重労働である。以前は、事務所が別にあり、自宅と事務所の掃除をしなければならず、今考えると大変だったと思う。それと、別荘を持っている人がいるが、そうなると家事労働（掃除）は倍になる。お疲れ様です（僕は持っていないので）。そういえば、葉祥栄さんの別荘を取材したときに、「毎回ここに来ると窓拭きだけで終わってしまう、掃除が大変だ」といっていた。倉俣史朗さんも、（彼の作品にはガラスを使ったものが多く）汚れが気になると自らガラスを拭いていたという話を聞いたことがある。<br>話は家事に戻るが、「家政婦のミタ」が今話題になっているが、彼女らの掃除・洗濯・炊事などをこなす家事は重労働である。経済的余裕がある家族は、家事労働を外部からのサポートで削減できるのだが、戦後は様々な家電製品が家事をサポートして時短にはなったが、その分家事も複雑になり、余暇が増えたようには誰も感じていないのではないだろうか。それなら、家事を楽しんだほうがいいのではないかと思い、自宅と仕事場を一緒にした際、とりあえず自分ができることから取り組んでいる。掃除、ゴミの分別（これがけっこう難しいというか、いつも悩む）、料理くらいだが、ロボットのようにテキパキとやるミタさんは凄いと思う。一度にいくつもの作業を併行してできる人は編集能力（編集技術）が高いと、いつも思っている。日本の家は、ドラえもんが次から次へとポケットから便利な道具を出したかのようにいろいろな道具が狭い空間を埋めている。どこかのCMのように道具に頼らない生活を考えたほうが、そろそろいいいのかもしれない。電気エネルギーだけに頼らない昔の生活に戻ったほうが、少しは幸福度が増すのではないだろうか。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>髪切り事件（続々プッタープッチ）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017653" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017653</id><issued>2011-12-27T11:51:00+09:00</issued><modified>2011-12-27T03:36:34Z</modified><created>2011-12-27T02:51:00Z</created><summary>プッタープッチは、朝は機嫌が悪い。保育園に行きたくないのか、時間だから起こすと、彼女は起き抜けに「バーカ！」といい、さらに起こそうとすると「チンチンからだ」という。一瞬何のことかと思うと、あっ、そういうことかと納得してしまう。自分にそれがないことが気に...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[プッタープッチは、朝は機嫌が悪い。保育園に行きたくないのか、時間だから起こすと、彼女は起き抜けに「バーカ！」といい、さらに起こそうとすると「チンチンからだ」という。一瞬何のことかと思うと、あっ、そういうことかと納得してしまう。自分にそれがないことが気に入らなくて怒っているのか…。そして、２階の寝室（和室）から１階のリビングに行くには急な階段を下りなければならない。だから、いつも手摺りにつかまり、一段一段お尻をつけて下りるようにいわれているのでそうするのだが、その間も「プッタープッチ、プッタープッチ…」といっている。左手は手摺りで、もう一方の手には縫いぐるみの手を持ち、クリストファー・ロビンのように下りてくるときもある。その後は階段下のトイレに入り、怖いのでドアは少し開けたまま用をたすのだが、そのときも「プッタープッチ、プッタープッチ…」と足をブラブラさせながら呪文のように繰り替えしている。妻は歯が生えてきたときに、歯茎が痒いので、そのようなことを自然に呟き出したのではないかというがそれは定かではない。<br>プッタープッチの「髪切り事件」は、ある日１階のリビングで家族みんなでテレビを観ていたときに起こった。ご飯前の夕方、大相撲の千秋楽、それも優勝決定戦「若ちゃん、貴ちゃんによる初の兄弟対決」だった、と思う。みんながテレビに集注しているときに、プッタープッチが突然、「ママ、カミ切ってもいい？」というので、妻は「いいわよ！」と答えた。そして、その取り組みが終わり、みんなが後ろを振り向くと、散切（ザンギリ）り頭の子がいて、その前には髪の毛が落っこちていた。みんないっせいにわけのわからない声を出したが、切ってしまったものはもうつながらない。そう、僕らはてっきり「カミとは紙のことだ」と思い込んでいたのだ。妻は「こんな髪では人前には出せない」といって、その年に予定していた３歳の七五三は流れた。前髪の切り口がギザギザで、おでこが丸出しになった当時の写真を見るたびに、妻は嘆くのだが、「いいわよ！」といったのは妻である。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

<br>]]></content></entry><entry><title>「村上春樹の短編を英語で読む」を読む</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017652" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017652</id><issued>2011-12-24T11:32:00+09:00</issued><modified>2012-01-04T03:17:30Z</modified><created>2011-12-24T02:32:00Z</created><summary>加藤典洋さんの『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』を読んだ。僕も村上ファンではあるが、あまり熱心な読者ではなく、加藤さんは文芸評論家で、すでに村上研究の『村上春樹イエローページ』を出されていたのは知っていたが、村上春樹の小説を日本語で読み、また英...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[加藤典洋さんの『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』を読んだ。僕も村上ファンではあるが、あまり熱心な読者ではなく、加藤さんは文芸評論家で、すでに村上研究の『村上春樹イエローページ』を出されていたのは知っていたが、村上春樹の小説を日本語で読み、また英訳されたものも読まれ、それを日本語のわからない学生を対象に英語で講義し、（サブタイトルBut Writing About Them in Japaneseにあるように）最後はその内容を日本語で書くという手が込んだものだ。編集する側からみると、校正も含め大変だったのではないかと思う。しかし、読者としては大変わかりやすく、また村上文学を外（外国人）からの視点で見て考えることは面白く、まだ読んでいない短編を読んでみようと思った。村上文学はテンポがよく、通底にいつも心地よい音楽が流れていているような感じがあり、読者を飽きさせないテクニックはいつも凄いと思って拝読しているが、加藤さんの深読みといって書かれている箇所はとくに面白く、そういうふうにも読めるのかと…。1979〜2011年の短編小説の中にその時代が反映されていて、村上自身も抱えていた同時代の問題意識を解き明かし、このように解説していただくと見えてくることがあり、また日本語から英語、英語から日本語へという作業をしているときに（ある意味濾過されて）新たな発見もあったのではないかと思う。いくつかの小説の中に登場する「井戸」は、僕も時空間を括り抜ける装置であると思っていたが、あそこまで図式化していただくととてもわかりやすく、また村上春樹と夏目漱石の関係、吉本隆明、鶴見俊輔、宮崎駿などの関係から、わかりにくい戦後の思想の話まで、村上文学を題材にした日本社会の研究は、思わず惹き込まれて一気に読んでしまった。お薦め本です。<div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>鉄の授業</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017651" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017651</id><issued>2011-12-22T09:43:00+09:00</issued><modified>2011-12-24T05:18:21Z</modified><created>2011-12-22T00:43:00Z</created><summary>辰野（岩堀）美奈子先生『美術手帳』（12月号）の「鉄の彫刻」の記事拝見しました。紙や木だけではなく、鉄という素材を子供の頃に直に触れ、それを自分の創造力で形にする授業は魅力的だと思いました。（幼稚園時代に）精魂込めて作った、光輝く泥団子に誇りを感じたよう...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>建築</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[辰野（岩堀）美奈子先生<br>『美術手帳』（12月号）の「鉄の彫刻」の記事拝見しました。紙や木だけではなく、鉄という素材を子供の頃に直に触れ、それを自分の創造力で形にする授業は魅力的だと思いました。（幼稚園時代に）精魂込めて作った、光輝く泥団子に誇りを感じたように、鉄という素材を手や体で実感し、自分が思い描いたものができた子は鉄という素材がもつ魅力を体感し、将来は芸術家になる子も出てくるかもしれませんね。<br>また、昨年は長女の卒論（建築教育論）でいろいろとご指導いただき、ありがとうございました。長女からちらっと聞いた話では、最近は「伊東豊雄風の建築作品」を子供たちにトライさせたのことでしたが、小学生時代に建築について考えたり、実際につくってみることは大事だと思います。そういえば、工学院大学が、建築学科を（大阪・維新の会のようにというか）独立させて、工学部とは別に建築学部をつくったり、また最近の傾向として建築家という職業に人気があるのか、建築学科だけでなく女子大の住居学科なども増えているようです。そんなに建築家を育てて将来どうするの、とも思うのですが、サッカーやテニスなどのことを考えると選手層が厚くなれば建築のレベルや質が上がるので、それはそれでいいのかなと…。<br>八王子市立七国小学校の図工の授業を紹介したのは、ゲーム漬けで脳を刺激されつづけている子供たちが、現実の世界では到底手に負えないと思っていた鉄という素材と格闘し、それを自分のものにしたときに、ひとつ上の世界に行けたような達成感があるのでないだろうか、と僕も思ったからです。子供の頃は頭だけでなく、手や足、体でも考えることが必要で、それを体験できることが今の子供たちは少なくなっているように思います。

ガンチャ（岩堀）先生、鉄のゲージツ家や伊東さんのような建築家が誕生するよう、子供たちのご指導、これからもよろしくお願いします。<br>JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c276/11/" target="_blank">アート・デザイン</a><br>]]></content></entry><entry><title>♪鬼のパンツ〜（続プッタープッチ）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017650" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017650</id><issued>2011-12-19T14:41:00+09:00</issued><modified>2011-12-25T00:34:58Z</modified><created>2011-12-19T05:41:00Z</created><summary>次女（プッタープッチ）のことだけを書くことに少し抵抗があり、筆を取ろうか取るまいか、それとももう少し時間を経てからにしようかという迷いが僕のなかにあった。しかし、人間時間が経つと記憶がどんどん薄れ、いつしか消えていってしまうようにも感じた。だから、この...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[次女（プッタープッチ）のことだけを書くことに少し抵抗があり、筆を取ろうか取るまいか、それとももう少し時間を経てからにしようかという迷いが僕のなかにあった。しかし、人間時間が経つと記憶がどんどん薄れ、いつしか消えていってしまうようにも感じた。だから、このあたりでメモ替わりにブログに書いておこうかな、と次女が保育園の年少組だったときのお遊戯会のビデオを、家族で見ていたときに思った。<br>舞台に登場した保育園の年少組の園児たちが、段ボールをつないで作った輪の内側に２，３人で入り、「電車ごっこ」から始まりそれで彼女たちは盛り上がり、自然にお遊戯に入る予定だった。予定したお遊戯は「鬼のパンツ」。プッタープッチも、この日のために先生たちと練習を何回かやり、家に帰ってきてからも今日習ったお遊戯を家族の前で披露してくれ、完璧とはいえないが、ワンテンポくらい遅れたとしてもそこそこ踊れるくらい振りは覚えていた、と思う。ところが、本番になり、自分は舞台の一番左端になってしまったことが気にいらなかったのか、脇にいる先生に「○○ちゃん、やろう！」と指示されたのが気に障ったのか、今日のステージ衣装（朝着せられた服）が気にいらないのか、ステージに立ったまま、彼女はいっさい演技をせず、最後まで立ったままだった。それが、大勢いのなかで一人だけだったため目立ったらしく、多くの父母はわが子をビデオカメラで写していたが、カメラをそちらへ向けたまま、プッタープッチに視線が集まってしまった。プッタープッチは演技するタイミングを逃してしまい、まずいと思ったが、何もすることができずそこで立ちすくんでいた。しかめっ面で立ち尽くす子が、いつかしか観客である父母たちの笑いを誘い、多くの人の眼が彼女に釘付けになってしまった。しかし、「どうしたの、一緒にやろう」という先生の誘いを無視しつづけ、最後まで何もしないで立ち通したのはわが子ながら立派だった。この話のオチは、家に帰ってきて、家族みんなに「さっきは、なんでお遊戯やらなかったの？」と問い詰められ、（どうやら、さっきはムシの居所が悪かったらしく）ちょっと照れくさそうに、みんなの前でさっき演じるはずだったお遊戯をやってみせてくれた。だが、（お姉ちゃんが歌ってくれた）「♪鬼のパンツは〜」に合わせて踊るのだが、やっぱりみんなのお遊戯とやり方がどこか違っているようで、ワンテンポずれていた。そうか、それで独演会にしたかったのか…。しかし、何もやらないでしかめっ面で立ち尽くしている彼女のビデオをみんなで観るたびに大爆笑になる。プッタープッチ先生は笑いのツボを心得ていたようだ。（つづく）<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>プッタープッチ登場</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017649" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017649</id><issued>2011-12-08T08:40:00+09:00</issued><modified>2011-12-20T01:21:11Z</modified><created>2011-12-07T23:40:00Z</created><summary>最近、テレビを観る時間が減った。というか、ほとんど観なくなった。それは、面白い番組が減ったせいなのか、僕自身が今の番組に興味がなくなったのかはわからないが、それによりテレビの番組枠に縛られないので、時間が増えたような気がする。テレビの放送が始まったのが...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[最近、テレビを観る時間が減った。というか、ほとんど観なくなった。それは、面白い番組が減ったせいなのか、僕自身が今の番組に興味がなくなったのかはわからないが、それによりテレビの番組枠に縛られないので、時間が増えたような気がする。テレビの放送が始まったのが1953年、僕が生まれたのが1956年だから、ほぼ同年代を生きてきたものにとってはテレビから解放されたようで、なんとなく嬉しい。<br>さて、テレビは情報を得るためには欠かせないものだったが、それが今はインターネットに代わった。ただ、一人住まいの人にとっては、テレビは今も欠かせないのではないなだろうか。疲れて何もしたくないときは、お笑いやバラエティー番組が疲れを癒してくれ、また情緒不安定なときは、「刑事コロンボ」や、時代劇の「水戸黄門」や「大岡越前」がいいように思う。つまり、時間枠の中で事件が解決し、これにて一件落着となるからだ。<br>なぜ、テレビの話から入ったかというと、うちの次女は小さなとき（3、4歳のころ）に、家内の祖母（次女からすると曾祖母にあたる）がお手伝いにきてくれていた。夕方４時になると「水戸黄門」の再放送をやっていて、曾祖母の膝に次女がちょこんと座り一緒に見ていた。そのためか、彼女は自分が観たいテレビ番組をカチャカチャと回していて（正確には、リモコンのボタンを押していて）、時代劇がどこかでやっているとかならずそこで止まり、しばらく画面をジッと観ていた。最近は、二十歳を過ぎたこともあり、それはなくなったかと思うが、不思議な子で、彼女にまつわる話を書こうと思っている。彼女の名前を出すと、個人情報の時代とかで本人に怒られそうなので、仮にプッタープッチとしておこう。彼女は、言葉を話し始めた頃いつも口の中で、「プッタープッチ、プッタープッチ、………」と訳のわからない言葉を呪文のように唱えていたことから、いつの間にかみんなからプッタープッチと呼ばれていた。（つづく）<div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

]]></content></entry><entry><title>観客というプロの眼</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017648" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017648</id><issued>2011-12-06T11:18:00+09:00</issued><modified>2011-12-19T07:29:46Z</modified><created>2011-12-06T02:18:00Z</created><summary>それぞれの専門家は、プロの眼で長年見つづけ、審美眼や批評眼のようなものを養っています。が、一般の人でも見つづけていると知らず知らずのうちに、そういった素養がついてくるように思います。そのひとつの例が野球で、（高校野球は、負けが許されない一回きりの真剣勝...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[それぞれの専門家は、プロの眼で長年見つづけ、審美眼や批評眼のようなものを養っています。が、一般の人でも見つづけていると知らず知らずのうちに、そういった素養がついてくるように思います。そのひとつの例が野球で、（高校野球は、負けが許されない一回きりの真剣勝負でかつての藩の代表が争っているようで〈国盗り物語を見ているようで〉楽しいのですが）、大学野球、社会人野球となるとさらにレベルが上がり、日本においてその頂点がプロ野球だと思います。<br>ところが、最近どういうわけかゲームを見ていてあまり面白いと感じない。それは、なぜかと考えると、メジャーリーグで活躍する日本人選手のお陰で、われわれ見る側も太平洋を渡ってメジャーリーグの観戦ができるようになり、どこかで視聴者も（観る立場として）メジャーリーガーに昇格したような気持ちになっているからではないでしょうか。ただ、言えることは、メジャーリーグの野球は、観客を喜ばせる術をよく知っているということだと思います。それは、ピッチャーとバッターが勝負するところでは（逃げずに）勝負するということで、勝つことを優先せずに、その瞬間をプレーヤーも観客も楽しむことであり、最高（トップスピード）のプレーを期待し、観客は球場へ足を運ぶのです（またはテレビのスイッチをつける）。次に予期せぬことが起こる（観る人に夢を与える）、そこを日本のプロ野球は忘れているような気がするのですが…。<br>それと、もうひとつこれはサッカーにもいえるのですが、サポーターの熱心な応援はたしかに選手と一体になり、選手の力にもなり、いいと思うのですが、冷静に（野球の場合は次にピッチャーが投げるボールを予測して）静かな環境で観たい人もいるはずです。大人の観戦というか、心の中だけで熱くなるのがいいのではないでしょうか。<div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c20/5/" target="_blank">スポーツ</a></div>

]]></content></entry><entry><title>31年ぶりの同窓会に参加して</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017647" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017647</id><issued>2011-11-22T14:29:00+09:00</issued><modified>2011-11-22T06:21:13Z</modified><created>2011-11-22T05:29:00Z</created><summary>鹿島出版会から12月20日発行予定の本の編集制作に没頭していて、ついブログまで手が回らず、失礼してしまいました。先日、31年ぶりの武蔵美の建築学科の同窓会があり、出席してきました。その日は、18時から新宿のビームスで谷尻さんのオープニングがあり出席しようと思っ...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[鹿島出版会から12月20日発行予定の本の編集制作に没頭していて、ついブログまで手が回らず、失礼してしまいました。先日、31年ぶりの武蔵美の建築学科の同窓会があり、出席してきました。その日は、18時から新宿のビームスで谷尻さんのオープニングがあり出席しようと思っていたのですが、15時からのパーティーですっかり出来上がってしまい、たどり着けませんでした。悪しからず。人間30年も経つと、当時の面影がまったくなく、メタモルフォーゼしてしまっている人もいて、最初は誰が誰だかさっぱりわからなかったのですが、酔いがまわってくるにしたがい時間が逆戻りして、当時の面影というか顔が見えてきて、親しかった友人や学生時代ろくに話しもしなかった同級生と話しができたことも嬉しく、また震災後の同窓会であったためか（東北からの参加者もいて）再会の喜びが感じられ、とてもいい会でした。幹事さん、ありがとうございました。]]></content></entry><entry><title>Facebookに一昨日登録しました</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017646" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017646</id><issued>2011-10-15T12:04:00+09:00</issued><modified>2011-10-15T03:36:26Z</modified><created>2011-10-15T03:04:00Z</created><summary>広島の谷尻誠さんから何回かお誘いのメールをいただき、一昨日初めてFacebookに登録してみました。最終学歴を選んだままで自分のプロフィールもろくに記さないまま、先へ進んでいったら、顔写真と名前があるサイトへ移動し、よく見ると僕の知り合いの方がほとんどでした。...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[広島の谷尻誠さんから何回かお誘いのメールをいただき、一昨日初めてFacebookに登録してみました。最終学歴を選んだままで自分のプロフィールもろくに記さないまま、先へ進んでいったら、顔写真と名前があるサイトへ移動し、よく見ると僕の知り合いの方がほとんどでした。これも知らん顔して先へ進むという訳にいかず、新参者である自分からご挨拶したほうがいいのかなと思い、「友達になる」をチェックしていったのですが、これは果たして、送られてきたほうはご迷惑なのかなと、思い直し、また僕の場合、曲がりなりにもジャーナリストなので、多くの人と接していていろいろな知り合いがいるので、ここに登録されているのは多分膨大な数で、全ての人にご挨拶（？）するのは無理だと（自分はいったい何をやっているのだろうと）思い、途中で断念しました。というわけで、とりあえず登録してみました。すでに登録されている方がほとんどかと思います（うちの今年、日本女子大学を卒業した長女に聞いたら、すでに入っているとのことでした）。新参者ですが、よろしくお願いいたします。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>

<br>]]></content></entry><entry><title>MOTTAINAIをかたちに</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017644" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017644</id><issued>2011-09-30T08:15:00+09:00</issued><modified>2011-09-30T01:31:22Z</modified><created>2011-09-29T23:15:00Z</created><summary>今や世界の共通言語となった、KAWAIIとMOTTAINAIは一人歩きして、とくにカワイイはマンガやアニメなどの日本のサブカルチャーと結びつき、世界中でコスプレを楽しむ若者（？）が増えている。モッタイナイを世界の共通言語にしたのは、今月亡くなられたケニアのワンガリ・...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>エッセイ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今や世界の共通言語となった、KAWAIIとMOTTAINAIは一人歩きして、とくにカワイイはマンガやアニメなどの日本のサブカルチャーと結びつき、世界中でコスプレを楽しむ若者（？）が増えている。モッタイナイを世界の共通言語にしたのは、今月亡くなられたケニアのワンガリ・マータイさんの働きが大きい。彼女はケニアの環境・天然資源省副大臣を務め、植樹活動でノーベル平和賞を受賞している。<br>今週デザイナーの酒井俊彦さんが、除伐材や（使われなくなった）自動車用シートレザーを使って、iPadとiPhone用のスタンドとケースを、現在活躍中のデザイナーたちに提案させた。「少しいいこと＋プロダクト」として“sample”というブランドを立ち上げ、発売を開始した。18点のプロダクトは（iPadとiPhoneを主役にした）脇役のような道具たちだ。除伐材といえども「四万十ヒノキ」で、使われなかった革とはいえども高級車用シートレザー（牛革）であり、その質感や手触り感がよく、ITの端末機を操作しているときの仮想現実の世界との対比で、主役を引き立てるうえでもこのような（人を癒す）自然素材がいいのだろう。<br>「日本の林業には様々な問題があり、正直どこから手をつければいいかわからない。材料を適正価格で調達することで、少しだけお役に立ちたいと考えた」と酒井さんいう。これは、国内におけるフェアトレードであり、何もしなければ、捨てられてしまかもしれないものをデザイナー自らが起業して、再生させた。行政や大手企業が動くのを待つのではなく、今自分たちができることから始める。“MOTTAINAIをかたちに”した酒井さんたちの勇気と行動力にエールを送りたい。そして、「少しいいこと＋プロダクト」を「もう少しいいこと＋プロダクト」にできればと。<br><div class="jugem_theme">JUGEMテーマ：<a href="http://jugem.jp/theme/c276/11/" target="_blank">アート・デザイン</a></div>

<br>]]></content></entry><entry><title>土プロジェクトの可能性</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017643" /><id>http://blog.suzuki-e-works.com/?eid=1017643</id><issued>2011-08-18T09:17:00+09:00</issued><modified>2011-08-18T01:43:12Z</modified><created>2011-08-18T00:17:00Z</created><summary>先日、アトリエ・天工人の山下保博さんから、内覧会の案内をいただき、「土プロジェクト」の第１弾を見に、千葉市おゆみ野へ行ってきた。土に酸化マグネシウムを混ぜて固めたブロックを積み重ねてつくった住宅だ。初めての試みということもあり、スタッフや学生などの手に...</summary><author><name>suzukieworks</name></author><dc:subject>建築</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[先日、アトリエ・天工人の山下保博さんから、内覧会の案内をいただき、「土プロジェクト」の第１弾を見に、千葉市おゆみ野へ行ってきた。土に酸化マグネシウムを混ぜて固めたブロックを積み重ねてつくった住宅だ。初めての試みということもあり、スタッフや学生などの手によって型枠に酸化マグネシウムを混ぜた土を入れてブッロクをつくり、それを積み重ねて組積造の建築にした。壁厚が40cmもあるせいか、内部は少しヒンヤリしていた。手作りの感じがよく、幼稚園の頃にやった泥団子つくりを想い出した。粘土質の土を掌の上で丁寧に丸めていくと、黒光りしてくる。最後は、乾いた白い土を表面にまぶして出来上がりなのだが、この土のブロックの表情が、手の後が残った泥団子の表情に似ていて親近感をもった。<br>山下さん曰く、「土は地球上、どこにでもあり、酸化マグネシウムは海と陸（マグネサイト好物）から抽出できる。世界中で生産可能で資源も豊富にある」と、そして「食品添加物に指定されているため安全で、害なく大地に還元することができる」。素晴らしい。世界中の人たちが、この方法で家を建てるには、最後は施工方法を公開して、セルフビルドで家つくりができることになれば、今回の3・11で家を失った人たちが、自力で再建することが可能になり、また世界中の住宅難民を救える。土プロジェクトの可能性は大であり、地球を救うプロジェクトになるのではないだろうか。<br>その帰りに土気へ足をのばし、ホキ美術館ヘ行ってきた。設計は日建設計、大手組織事務所とは思えない、大胆で奇抜なデザインの建物だが、細部まで神経が行き届いた日建さんならではの仕上がりで、素晴らしかった。ただ、難をいえば、展示法である。この建築と野田広志さんの絵を見たく行ったのだが、整理（編集）されずに、いろいな作家の作品が隙間なく展示されていて、間の取り方に、できればもうひと工夫欲しかった。でも、千葉市の郊外にこのような質の高い美術館（入館料が少し高いのでは）があることが、美術館がひとつもない杉並区民としては羨ましかった。<br>]]></content></entry></feed>
