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日本人女性初のバウハウスラー、山脇道子
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    山脇道子は明治生まれで関東大震災を経験し、女学校卒業後18歳で藤田巌と結婚。巖は東京美術学校図案科卒業後、横河工務店に勤務していた。巖と道子との年齢差12歳、山脇家の婿養子となる条件はバウハウスへの留学だった。1930年に夫に付き添ってデッサウに行き、道子もバウハウスへ入学。当時20歳だった道子も試験的に入学が許された。二人は予備課程を経て、巖は「建築・内装」科へ、道子は「織物」科へと進む。しかし、1932年、ナチズムの台頭で雲行きがあやしくなり9月末閉鎖、二人はその年帰国の途につく。バウハウスは1919年、ヴァイマールに開校、1926年にデッサウ、1932年にはベルリンへ移転するがその翌年閉校。当時バウハウスは3年制だったが、入学から2年目で閉鎖された。そのため二人は卒業に至らなかったが、最後のバウハウスラーで、山脇道子は日本人女性としては初のバウハウスラーとなった。バウハウスに関する本はたくさんあるが、バウハウスで実際に学んだ学生の視点で記録された、山脇道子の『バウハウスと茶の湯』(新潮社、1995)は貴重な本だといえる。この本のなかで(表紙に使われている学生証の彼女の顔写真にも惹きつけられたが)、一人の女性が明治・大正・昭和と時代ごとに顔が変わっていく。その時代が彼女の表情からも読み取れる。同時代を生き、彼女と接したバウハウスラーだけでなく、カンディンスキーをはじめとする教授陣も彼女の魅力に惹きつけられたのではないだろうか。

    | - | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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