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追悼:内田繁氏へのオマージュ
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      2016年11月23日付けの朝日新聞の朝刊で、21日に日本を代表するインテリアデザイナーの内田繁さんが73歳で亡くなられたことを知りました。実は、内田さんに某大学での講演を依頼していましたが、体調が優れなく、春頃から入退院を繰り返されていることを聞いていました。回復されれば、内田節ともいえるテンポのいい講義がまた聞けるかなと思っていたところでの悲報でした。長く一緒に「日本のインテリアデザインの歴史」を後世に残す活動をしてきたものとしては同志であり、内田さんが次に目指していたことがわかっていたので、残念で口惜しい気持があります。

     倉俣史朗さんが亡くなられたのが、1991年2月1日、この日のこともよく覚えています。それは突然の死で、数週間前まで週一くらいのペースで事務所に通い、雑談をして原稿があがっていればいただいていました。そして、『未現像の風景』(住まいの図書館出版局)が発行される2カ月程前に他界され、幸いにも印刷校正を見ていただいていたことがいくらかの救いになりました。しかし、56歳での急逝はいくらかの罪悪感のようなものが自分の心のなかに残り、次の世代に倉俣史朗を伝えるための本をつくることが僕の使命になりました。それが、没後20年を記念して、2011年に六本木の21_21 Design Sightで開催された「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展に合わせ発行された2冊の本、『倉俣史朗 着想のかたち:4人のクリエイターが語る』(平野啓一郎、伊東豊雄、小池一子、深澤直人、鈴木紀慶編著/六耀社)と『1971→1991 倉俣史朗を読む』(鈴木紀慶編著/鹿島出版会)でした。

     その年に、「商店建築」誌の700号記念特別号(2011年4月号)で、僕が内田繁さんにインタビューさせていただいた後、内田さんから「日本のインテリアデザインの歴史」を書くための執筆者として招集されました。今村創平さんらとインテリアデザインの歴史について書く前に、ある程度情報や資料を共有し、下準備のための勉強会を約1年間、月一くらいのペースで行いました。内田デザイン研究所の長谷部匡さんが進行役を務め、内田さんが体調のいいときは参加され、歴史の生き証人として60年代後半以降の印象に残ったことを内田さんの視点で語られていました。

     内田さんが、日本のインテリアデザインの歴史をまとめなければいけないと思ったのは、『戦後日本デザイン史』(みすず書房、2011)を書かれ、戦後のデザイン史をできるだけ多くのジャンルを跨いで記述したことにありました。そのとき、戦後剣持勇や渡辺力らがインテリアデザインというジャンルを立ち上げ、その後倉俣史朗らが引き継いで歴史を築いてきたが、2000年代以降このジャンルが危ういと感じ、日本のインテリアデザインの歴史を後世に残さなければと思ったからだと思います。

     その本のなかから内田さんのデザインへの思いが書かれた言葉を引用しておきます。

    「デザインとは、生きる糧ではないかもしれない。ただし、生きるための喜びには寄与するであろう。デザインはまた商売の道具にしてはならない。古きをいまに再生し、未知をかたちで示す仕事である。」

     招集から発行まで2年半をかけ、2013年11月に『日本インテリアデザイン史』(内田繁監修、鈴木紀慶・今村創平共著/オーム社)が刊行されました。

     そして、内田さんは次のステップを考えていました。

    「スズキ、いまこそ"インテリアデザインとは何か"について、みんなが考えなければいけない。そのための雑誌が必要なんだ!」

     という内田さんの言葉が僕の耳に残っています。

     一時内田さんの体調がいいとき雑誌つくりの模索で一緒にスポンサー回りをはじめましたが、体力のいる仕事であり、志し半ばで中断しました。日本のインテリアデザイン界のオピニオンリーダーを失ったことは大きく、デザイン界全体を見渡せた人の不在は日本のデザイン界にとっても、衝撃が走ったと思います。同志として、内田さんがいう雑誌を実現できなかったことを心苦しく感じています。時代が大きく変わり、雑誌の在り方や形式は大きく変わるかもしれませんが、実現したいと思っています。ご冥福をお祈りします。

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