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インテリアデザインが生まれたとき
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    今朝(9/6)の朝日新聞の書評欄で拙著『インテリアデザインが生まれたとき』が紹介された。評者は五十嵐太郎さんで、短い文章でありながら適確に内容が紹介され、「本書は将来書かれるであろう横断的なデザイン史の礎になるものだ」という一文が嬉しく、深く感謝するしだいです。同紙では、以前隈研吾さんに『日本インテリアデザイン史』を紹介していただいたが、インテリアデザインが建築に従属するかたちであったものが、初めてインテリアデザイン通史としてまとめられた本と評価していただいたことが、長年編集的力仕事に費やしてきた者にとっては報われた感があった。僕にとってこの2冊の本を書くことは、『インテリア(JAPAN INTERIOR DESIGN)』(1960年創刊〜1985年休刊)の編集にわずか5年ではあるが休刊まで携わり、同誌が四半世紀にわたって存在したこと、果たした役割を記しておきたかったからだ。インテリアデザインが日本で一般に認識されるのは、この雑誌が創刊してから10年くらい後のことで、デザイン界でインテリアデザインとして認識されるのは60年代後半で意外に遅く、その当時その領域では建築家(店舗設計家)はもとより、アーティスト(画家や彫刻家など)やグラフィックデザイナーなども活躍していた。その60年代の後半に開拓者であった剣持勇からバトンを受けるように登場したのが倉俣史朗で、彼のデビュー作ともいえる「カッサドール」(1967)は衝撃的だった。高松次郎の「影画」を真っ先に商業空間に取り入れ、アートを画廊から風俗街へとひきずり出した。倉俣が作品をつくるうえではアートとデザインの境界はないが、着地する側はつねにデザイン側で、高松のように純粋にアートを追求している人間とのコラボは真剣勝負でその制作過程そのものがハプニングであった。高松の「影画」は店舗が改装されるとき消えてなくなる運命にあったが、倉俣が手がけた商業空間はつねにその運命にあり、その「うたかた」の仕事を倉俣は「幕間劇(まくあいげき)」と呼んでいた。アートとデザインの中間領域はインテリアデザインの源流ともいえる 、建築とアートの中間、それもアートに近いところから60年代後半に誕生したのが日本のインテリアデザインだったのではないだろうか。
    JUGEMテーマ:アート・デザイン
    | エッセイ | 15:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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