おネエMANSに学ぶ
女性よりも女らしいオカマや、日本人よりも日本人らしい外国人がいる。彼らに共通しているのは、ふたつの視点から見ているということだ。前者は男性と女性というふたつの視点、後者は外国人と日本人という視点、テレビに登場する彼らは、みな明るいお笑い系で、頭がよく、洞察力がある。おバカなクイズ番組全盛期にオカマのゴールデンタイム進出は当然であり、また日本語がうまく、日本の文化にも精通している外国人を見ると、逆の意味での欧米化かなどと考えてしまう。だが、彼らから学ぶべきことが多い。それはいろいろな意味でアイデンティティを喪失しているからでもある。
ヴァーチャル・リアリティの技術が生活の中に入り込み、ゲームの世界のヴァーチャル・リアリティはより現実世界に近づきつつあり、アキバ系のオタク文化は別の価値観を生み出し、フィギアと現代アートの境界線が消え、日本のひとつの文化として世界的に評価されつつある。また、まんが喫茶の急増でゲームやコミック・アニメの世界に一日十数時間も入り込んでいると、実際に現実世界で生活しているよりも仮想現実の中にいる時間のほうが長くなり、ヴァーチャルな世界にしか興味がなくそこにしか自分の居場所を見いだせなくなっている。現実の世界に興味がないので、生活感がないというか、現実の世界で生きているという気魄が感じられない。記号論的に見れば、コスプレもそのひとつの現象であり、コミックのキャラクターに影響され、ファッションだけでなく、性格・考え方・生き方などすべてをコピーして生きている人が少なくない。
また、日本のテレビドラマもそうで、コミックやアニメの焼き直し的なものが多く、これは制作側だけでなく、見る側にも問題があり、双方とも想像力が欠乏しているように思える。
ヴァーチャル・リアリティは脳の問題でもあるが、人は夢を見続け、あるとき夢から覚めて現実の世界へ戻るのだが、現実の世界で生活している時間よりも、仮想現実の世界にどっぷり浸かっている時間が長いとどちらの世界へ戻っていいのかわからなくなる。今のゲームはいうなれば、ミヒャエル・エンデの「ネバーエンディング・ストーリー」のように自分が主役になって物語をつくることができる。脳はつねに刺激を求め、また仮想現実の世界に自分の居場所を見つけようとする。現実の世界に自分自身を引き戻すためにも、生活力のあるおネエMANSにマナーや家事全般の手ほどきを受け、日本人らしい(日本の文化の素晴らしを知っている)外国人に、喪失してしまった「日本人としてアイデンティティ」を補填してもらう必要があるのではないだろうか。