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平野 啓一郎,小池 一子,深澤 直人,鈴木 紀慶,伊東 豊雄
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suzuki-e-works blog

自分はインドで何を考えたのか
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    インドの旅を終えて、堀田善衛の「インドで考えたこと」(1958)と椎名誠の「インドでわしも考えた」(1984)をもう一度読んでみることにした。インドもスリランカもやたら犬が多く、どこへ行っても犬が地べたに寝そべっている。片方の耳の上部がまるで国鉄時代の改札員の切符鋏でスパッと切られたようになっている。聞くところによると、野良犬だがすでに去勢・避妊手術が終わっているという印だとか。その犬のことを考えていたら、藤原新也の「メメント・モリ」(1983)の「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というフレーズが頭に浮かんだ。あの写真とコピーは強烈だった。だが、インドで街に溢れる人や車(リキシャ)、今でも路上生活している人を見ていると、たしかに人間はただの生き物にすぎないことを実感する。自分はインドで何を考えたのか。ただただ、人の多さに圧倒されて何も考えていなかったように思う。だが、インドでもスマホが普及している。犬に食われるほど自由な社会がある一方、世界とつながったSNSの社会もある。インドの人口は増えつづけている。かつて少子化政策を行った中国を抜くときに、世界はどう変わるのだろうか。

    | - | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    油そば、初体験
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      油そばを食べに、武蔵境と東小金井の間くらいにある珍々亭へ行く。その日はあいにくの日曜日、ネットで調べると日曜・祝日は休みとある、ならば東小金井の駅前にある宝華まで行くことに。歩くこと15分。時間は14時を過ぎていたが、店の前には4、5名ほどの行列ができていた。並ぶとメニューを見せらたが油そばがなく、メニューの一番上に宝華そばとあった。どうやらここでは油そばと呼ばずに宝華そばというらしい。珍々亭が元祖油そばという看板を出しているのでそれに対抗して、あえて宝華そばと呼ぶのだろう。何分カップ麺の油そばしか食べたことがなく、油そば初体験。ネットの写真で見た珍々亭の油そばは太麺の冷やし中華のように見えたが、宝華そばは色が濃くかなりコッテリしている印象だが、食べてみると意外にさっぱりしている。ただそれほど酸味がないが、なぜかまた食べたくなる味だ。次回は平日に珍々亭に再チャレンジしてみて味を比べてみたい。10年ほど前に東中野で食べたやや酸味が強く、ラーメンと焼きそばの中間のような味のローメンを思い出した。あのローメンも、不思議とまた食べたくなる味で、長野の伊那地方にまだあるというので、いつか食べに行こうと思っている。

      | - | 10:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      吾輩(猫)と同衾する
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        同衾するという言葉は使われなくなったが、漱石の小説『吾輩は猫である』の中で「吾輩が時々同衾する小供の如きに至っては…」と、吾輩である猫が子供の布団に潜り込んで一緒に寝る表現として「同衾する」という言葉が使われている。だが、同衾には「男女が同じ夜具の中に一緒に寝る寝ること」との意もある。「衾」の意は、夜着、寝衣と(フスマとも)あるが、かつて布団が鎌倉時代に畳から分化したことを考えると、衾には布団の意もあったのだろう。ただ、同衾するという表現を使うとき、夜具はベッドではなく畳の上に敷かれた布団でなければと思う。この言葉が使われなくなったのは、日本人の生活スタイルの変化が大きい。とはいっても、寒い冬に猫と同衾するのは人間にとっても猫にとっても至福の喜びではないだろうか。

         

        | - | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        神出鬼没のバンクシーとは
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          東京・港区の防潮扉に描かれた絵(落書き?)がバンクシーではないかと騒がれている。昨年、サザビーズで1億5000万円で落札された瞬間、その絵が額縁に仕掛けられたシュレッダーで細断されたのは記憶に新しいが、キース・ヘリングなどと異なるのは「反戦」というメッセージ性が強い作品が多く、それが世界各地のストリートで発見されているということだろうか。そうかと思えば、著名な美術館に忍び込んで勝手に自分の作品を展示するなど、いたずら(Prank)を仕掛けてきた覆面アーティストなのだそうだ。彼のこれまでのストーリー(武勇伝)がブランドとなり、値段を吊り上げてきたと思うが、その陰でプロデュースした人間がいなければ、サザビーズでのあのような演出はできなかったように思う。ヴィレム・フルッサーが『デザインの小さな哲学』の中で書かれていた「芸術家は何より「いかさま師」を意味する。本来アーティスト(芸人)とは、手品師のことだ」という一説が思い浮かぶ、ということは間違いなく、バンクシーはアーティストである。

          | - | 19:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          世の中便利すぎるということは
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            新聞の番組欄で毎日のようにニュース解説者の池上彰さんの名前を見る。かつては多くの人が何紙も新聞を取っていて、同じニュースでも他紙にも目を通し読み比べていた。新聞を読まなくなると、池上さんのような解説者が噛み砕いてあげないと、多くの人が理解できなくなっているのではないだろうか。ネット社会では自分が必要な情報はすぐに手に入る。世の中便利すぎるということは、自分が考える前に答が出ている。思考能力は確実に低下しているように思えるのだが。

            | - | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |