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倉俣史朗着想のかたち―4人のクリエイターが語る。
倉俣史朗着想のかたち―4人のクリエイターが語る。 (JUGEMレビュー »)
平野 啓一郎,小池 一子,深澤 直人,鈴木 紀慶,伊東 豊雄
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suzuki-e-works blog

テマヒマ展〈東北の食と住〉を見て
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    昨年、東日本大震災後の7月に開催された「東北の底力、心と光。『衣』、三宅一生。」につづく、東北の「食と住」にスポットを当てた展覧会が4月27日から(〜8/26)21_21 DESIGN SIGHTで開催されている。テマヒマ展〈東北の食と住〉と題され、会場には食に関連したものを中心に特産物やそれをつくるための道具や食器などが美しくレイアウトされて、展示されていた。ものにはストーリーがあり、それがデザインにとっての付加価値になっている。今回の映像作品(7作品、各3〜5分)はどれも素晴らしく、マタタビ細工(籠編み)、笹巻、りんご箱、きりたんぽ、会津木綿(染色、織り)、油麩、りんご剪定鋏、とそれぞれがどのようにつくられているかがわかるもので、職人の手も最初と最後にクローズアップされていた。大飢饉を何度も乗り越えてきた東北の人たちのものづくりは、経済に直接というよりも、自分たちが生きいくためのものだと、ディレクターの一人である佐藤卓さんが語っていた。もう一人のディレクターである深澤直人さんは、道具に関していえば、それぞれのものは生活の中から生まれてきた必然のかたちだと。日本で、デザインという言葉がまだ一般に使われていなかった(工芸のなかにデザインが含まれていた)時代、そんな時代に戻ったような、ものづくりの原点を垣間見たような気がした。今回の21_21での展示は、「生きる(冬を越す)ためのデザイン」であり、7編の映像作品は上質な短編映画のようでもあり、東北という環境の中で生きる意味も伝えている。展示されている保存食や道具はどれも美しく、いい表情をしていたが、映像の中で手間暇惜しまず、ものづくりをしている職人たちも(それらのものに負けないくらい)いい表情をしていた。
    JUGEMテーマ:アート・デザイン

    | エッセイ | 18:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
    車山高原でのクラス会
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      高校のクラス会に、車山高原まで行ってきました。級友の叔母さんがやっているオーベルジュ赤煉瓦という、ペットも宿泊可という今どきのお洒落なところでした。高校のクラス会といっても、1年のときのクラスで、今回は13人が集まり40年ぶりに再会した人もいました。自己紹介をしているうちに、こちらのかすかな記憶の回路がつながり、当時のことが思い浮かんでくるのですが、さすがに40年は長く、自分自身もそうだが人に歴史ありで、このクラス会での体験は、そのまま短編小説が描けそうな気がした。
      幹事の西尾君とのメールでのやりとりで、湯浅君が当時撮った8ミリ映画があってそれをDVD化して、前回のクラス会のときに見たとか、配ったとか、その映画の中で僕が自転車に乗っているシーンがあったという話から、「実は僕は今も現役で自転車に乗っていて、その当時(高1)の頃の仲間とツーリングを月1くらいのペースで楽しんでいるよ」ということから発展して、「そうだ、自転車で行くよ!」ということになってしまった。
      ということで、土曜日は朝1の電車で茅野まで行き、そこで自転車を組み立て、標高1500mの位置にある車山高原を目指した。出発したのは12時少し前、最初からわかっていたことだが、大門街道を北上するコース(37km)は全て上りで、ただひたすら漕がなければならなかった。4時間ほどの時間を見込んでいたが、14時前に白樺湖に着いてしまった。湖畔で30分休憩し、大門峠を越えて、予定よりも1時間早く15時に車山高原に到着。お風呂に入って汗を流し、あとは冷たいビールが喉を通過するのを待ったのだが…、みんなの到着を待たずに幸せな気分を味わってしまった(ごめんなさい)。翌朝は、昨日と打って変わって曇天で寒い日だった。ヴィーナスラインを霧ヶ峰に向かい、諏訪へ下りずに、途中で池のくるみの方へ左折し、湿原、牧場を通って茅野へ下りました。霧ヶ峰はガスっていて視界が悪いのと気温が低く、ダウンヒルを堪能できたのだが途中あまりの寒さでフリーズ寸前だった。茅野駅に近くなる頃には解凍していました。13:26発の普通電車にビールと駅弁を買って乗り込み、あとは乗り鉄で車窓からの景色を楽しみ、何冊か持ってきた本を読みながら、暖かい車内でうとうとしながら荻窪まで帰りました。皆さん、お疲れ様でした。
      JUGEMテーマ:日記・一般

      | エッセイ | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
      「家」という本
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        「家」というタイトルの本を図書館で検索するとはじかれる。それは、タイトルで検索する場合、文字を二字以上入力しなければならないからだ。しかし、一字のタイトルの本は存在する。「家」というタイトルの本もかなりあると思うが、そのひとつに安藤忠雄の『家』、もうひとつは写真・篠山紀信、文・多木浩二の『家』だ。後者は1975年に発行された本(写真集)だが、そこに映っている家は北海道から沖縄まで、住む人の暮らしぶりが感じられる。軍艦島(長崎県端島)の日本初の高層(鉄筋コンクリート造)アパート、そこでの生活の様子がわかる貴重な写真もある。廃墟になった家も何軒かあるが、そのほとんどが生きられた家だ。どの家にも時間の蓄積がある。そして、それから18年後の1993年に発行された都築響一の『TOKYO STYLE(東京スタイル)』も、(若い人たちの住まいが多いが)生きられた家がリアルに表現されている。狭い空間を埋め尽くすCD、コミック、ファンシーグッズなど、モノで溢れかえっている。圧倒的な量のモノたちは豊かさの象徴だったはずなのだが、そのようには見えない。空間とモノの関係について考えないからだという指摘もあろうが、日本の住まいにはもともと(モノがない)何もない空間で、かつての(民家の場合は生産のための空間だったが)武士の家にあっては住むための空間というよりは、接客や冠婚葬祭ための(可変)空間を重視していた。明治以降の和洋を使い分ける「二重生活」、その混乱が今も(衣食住において)続いている。そういう状況を「欧米か?」といって笑いのネタにしていた芸人もいるが、明治からあまり変わっていないようにも感じる。中国人に、「漢字を使わせないぞ!中華料理喰わせないぞ!」(笑)と突っ込まれても、笑ってかわし、その間に(まだまだ時間はかかりそうだが)日本人の生活スタイルも含め、独自の文化を築けばいいのではないだろうか。
        JUGEMテーマ:アート・デザイン
        | エッセイ | 09:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
        ちょっと南仏まで、旅に出かけませんか?
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          風がやわらいできたので、旅にでませんか。というタイトルの特集がつい最近の「ブルータス」にもあったような気がしますが、本を読むもよし、人に会うもよし、そして旅にでるもよしです。自分から、何か行動を起こすことが大切です。近所(横町の角を曲がる)でも、国内でも、国外でもいいので、とにかく出かけませんか。たとえば、今夏南仏へ出かけ、ル・コルビュジエが設計したふたつの建築(ユニテ・ダビタシオンとラ・トゥーレット修道院)に泊まってみるのはどうでしょうか。そして、20世紀建築だけでなく、ラ・トゥーレット修道院の原型になったといわれている中世のル・トロネ修道院も訪ねられることをお薦めします。これは、飯島直樹さんが発案者で、旅行会社と一緒に企画した建築ツアーです。どうぞ、お気軽にご参加ください。
          JUGEMテーマ:アート・デザイン

          | エッセイ | 18:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
          メンテナンス力
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            藤森照信さんは、ある対談で「日本人のメンテナンス力は、東京オリンピックを境に急激に衰えていった」といっていた。家電などはブラックボックスの部分が多く、一般の人(電気屋さんも含め)修理不可になり、家の修復も賃貸だったりすると無断で修理することができなかったり、修理代などの問題で他人任せにしてきたように思う。アメリカ型の大量消費社会を経験してから、減価償却という、お寒い発想であらゆるものの寿命を決めてしまったことがそもそも間違いたったのではないだろうか。イギリスには少なくとも家や家具にはそういう発想がなく、そこに存在しているかぎり(想い出ともに)代々受け継がれていく。先日、自分家のブラインドの昇降コードが摩耗して切れてしまった。以前なら、業者さんに修理してもらっていたが、今回は自分で直してみることにした。わが家には5台ブラインドがあり、昇降コードはいずれ順に切れるだろうなと思い、業者さんから余分にもらっておいたことを思いだしたからだ。そして、メールで修理するためのマニュアルを取り寄せ、自分でやってみた。最初は戸惑ったが、古いコードと新しいコードを火であぶってつなぎ、古いコードを導糸にして最後は古いコードを抜き取ることがわかり、自分で修理できたことに喜びを感じた。メンテナンス力を取り戻す(養う)ことがものを大切にする心を取り戻し、また地域との密接な(助け合う)関係を生み出し、コミュニティの再生にも役立つのではないだろうか。
            JUGEMテーマ:アート・デザイン

            | エッセイ | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |